ある晩、姉妹の婚約パーティへ行く途中で私は襲われ、草むらへ引き摺り込まれ、レイプされ、殴られ、そこに置き去りにされました。持ち物や姉妹の婚約パーティのためのドレスも盗まれました。草むらから這い出すことができた時にはすでに遅い時間で、辺りには車もありませんでした。公衆電話から家族へ電話することができるまで、私は長距離を一人で歩き続けました。
その後、私は病院へ運ばれましたが、心は感情を失っていました。「私が神を最も必要としたあの時、神は一体どこにいたの?」と繰り返し自問しました。病院のベッドに横になりながら、私は死にたい気分でした。裏切られた気分でした。そして、まだ生きていることに怒りを感じました。
この出来事の前に、私はある若い牧師から、神は私を愛し、私は受け入れられていると言われたことがありました。また、彼はプリンス牧師のメッセージや、これまで読んだことのなかった聖書箇所について教えてくれました。宗教的な背景から、それらのメッセージは自分にはしっくりきませんでしたが、それを心の中に留めていました。
しかしながら、襲われた後は、恵みの福音を受け入れることが難しくなりました。私は自分を襲った犯人にではなく、神に対して怒りを抱いていたのです。もし神が望まれれば、私はあの時、守られたかもしれないのにと思ったのです。結局、私は神にとってそこまで大切な存在ではなかったのだと思いました。
それから数ヶ月間、私は人々を遠ざけ、暴力的になり、苦味を抱え続けました。夜、眠ることもできなくなりました。ある日、私は自殺を決意し、その計画も立てました。しかし、計画を練っている間に停電になりました。電力が戻るとテレビのスイッチが入り(停電の最中に電源を切らなかったからです)、そこにプリンス牧師が映し出されました。
私は初めて彼のメッセージを視聴し、「Good Things Happen to People who Believe God Loves Them(神に愛されていることを信じる人には良いことが起こる)」というメッセージに強く引かれました。主のご臨在が自分の部屋にあるのを感じ、私は数ヶ月ぶりにアバ・父に叫び求めました。
その後、私は深い眠りにつきました(それは数ヶ月ぶりのまともな睡眠でした)。そして、新たな希望を心に抱いて目覚めることができました。感情面での痛みが一度に消えることはありませんでしたが、自分は一人ではないという希望がありました。
それを機に、回復への旅路が始まりました。私はテレビとYouTubeでプリンス牧師のメッセージを必ず視聴するようにしました。また、プリンス牧師の著書「100 Days of Favor(好意の100日間)」と「Destined to Reign(統べ治める運命)」も読みました。2冊目には特に感銘を受け、その後の回復がより簡単で速やかになりました。
襲われた日から数年が経ちました。今日、敵が私を攻撃するために企てた策略も含め、アバ・父が全てのことを働かせて私の益としてくださることを知っています。また、神のひとり子イエスにあって、私は神に受け入れられていることも、神は私に満足してくださっていることも知っています。敵が私の中に痛みをよみがえらせようとするたびに、私は敵に対して「潔く負けを受け入れなさい」と言うのです。
私は神のことや周囲の人々を再び信頼できるようになりました。ビジネスも順調です。私は霊、体、魂の癒しを得ました。喜びと平安に満たされた私を見て、姉妹たちはあのような出来事の後でも私がこうして生きられることをいつも不思議に思っているようです。その理由は、神の愛と恵みにあることを私は彼女たちに伝えています。そして、プリンス牧師のことも教えました。彼女たちは今、新しい方法で神の愛を楽しんでいます。
それだけでなく、私は現在、これまで私を支えてくれたあの若い牧師と婚約しています。もうすぐ結婚を控えていて、彼と共に神の素晴らしさを味わっています。私たちはシンガポールのニュー・クリエイション・チャーチを訪問することを楽しみにしています。
プリンス牧師、福音を宣べ伝え続けてください!あなたのメッセージを聞くたびに、私は新しいことを学んでいます。恵みの福音を分かち合ってくださり感謝します。あなたの働きにより、想像を遥かに超える数の人生が変えられているのです。
匿名希望 | ナイジェリア
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