私は熱烈なクリスチャンとして、神を恐れる両親によって育てられました。しかしながら、神を愛していたにもかかわらず、神の期待に沿うのは不可能だと常に感じていました。いつでも最善の努力を尽くしてはいたのですが…。神に関するすべての事柄において、私は勤勉でした。自分の品性を磨くことについても努力しました。それでも、あの感情が消え去ることはなかったのです。
そのうち、私はあらゆる面で困難に直面しました。生活が苦しくなり、家族にとって食べられることは贅沢になりました。次第に、私は神に対して憎しみを抱くようになりました。いつも退屈で苛立ちを感じていましたが、それでも教会へ通う良いクリスチャンを装っていました。約20年前に偶然ポルノと出会い、それが自分に悪影響を及ぼしてたことも隠したままでした。
その頃、私は「人生を整理する」ために多くのミニストリーを試すようになりました。死に至る病気を発症し、親を失い、多くの親戚や友人を病気で失いました。私はいつも鬱状態で、怒りを抱え、神に対して困惑していました。なぜ神は私を愛していると言いながら、私をこんな風に扱うのか理解できなかったのです。
そのような感情や思いは、約6年前にジョセフ・プリンス・ミニストリーズに出会うまで続きました。ジョセフ・プリンス氏のポッドキャストを視聴し始めた時、まだ頭の片隅には「神は今までずっと私を世話してくれなかったのだから、今から世話してくださるはずがあるだろうか?」という思いがありました。しかしながら、神の恵みによって、できる限りポットキャストを視聴し続けようと決心しました。当時はまだ、自分がしたくないと思う行為を絶つことができずにいました。それにより、自分の汚れを感じていましたが、それでも神は私を諦めようとはなさいませんでした。それはまるで、神が私をすべての問題から引き上げることをご自分のミッションとされたかのようでした。
最終的に、金銭的な問題は改善され、家族は私の変化に気付き始めました。そこで、私はプリンス牧師が教えてくれたすべてのことについて話しました。私はみことばの元に立ち、それを自分の真理として所有したのです。感謝なことに、私の人生は著しく改善されていきました。
今、私はもう鬱を抱えてはいません。ポルノへの情欲も消え失せ、私はいつも喜びと平安で満たされています。時に、自分を再び罪と過ちの生活へ引き戻そうとする存在を感じても、私は応戦しません。代わりに主イエスが戦ってくださったので、私が応戦する必要はないことを、ただ主に感謝するのです。
今、私は毎日新しい啓示を受け取っています。私にとってキリスト教とは、そして義とは、もはや神話ではなく現実となりました。ジョセフ・プリンス・ミニストリーズと、それに関わるすべての皆さんに感謝しています。私は今、自分の人生により多くの祝福が注がれることを確信しています。
匿名希望 | ボツワナ
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